忍者ブログ

LapisRing handmade

ハンドメイドアクセサリーらぴす・りんぐ  時々編み物時々ミニチュア時々通院。ヒッソリ更新中。

2026/08    07« 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31  »09
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

1週間と少しの検査入院が終わって

いよいよ「悪性リンパ腫」なる病気と闘う為にA病院に向かいました

朝K病院で 今までの検査結果や画像の資料などを受け取ってA病院へ

10時頃にはA病院に到着しました

受診したことがなかったので 診察券を作る書類を書いて待っていましたが

ここで体力が がくんと落ちている事を実感

少し動いただけでも 辛いのです

座って待っていると たくさんの人達の中に

帽子をかぶった女性がいました

同じくらいの歳かな? 明らかに頭髪はない様子でした

抗がん剤を使うと 脱毛するはずです

彼女も抗がん剤で治療中なのかな?

私もあんな風に 髪がなくなっちゃうのかなと思うと

少しショックでした

入院の受付を済ませて待っていると こちらの病院では看護婦さんではなく

ワーカーさんという 看護婦さんの補助作業をする人が迎えにきてくれました

病室は8階で こちらも眺めがよく窓際でした(私は窓際のベッド率高かったです)

しばらくすると看護婦さんが来て 採血・血圧測定・体温測定・身長と体重測定など行いました

血液内科の病棟では 免疫力が落ちた患者さんが多数いる為

いくつかの規則がありました

細菌予防の為 生花のお見舞いはダメ

風邪をひいた人の面会、10歳以下の子供さんの面会もダメとのことでした

手洗い、うがいの指導や マスクを着用するようにと言われました

部屋に戻ると 先生からお話しがありますと言われて 面談室へ

担当のK先生から 病気の説明と この後の検査について色々と説明されました

K先生は真面目そうな感じで しっかりと目を見て話してくれる先生です

信頼して全てお任せするしかありません

先生は「これは血液の癌ですが、もし本当の癌であれば、今の状況では

すでに転移箇所が多く 助からない状態です。

抗がん剤を使っての 辛い治療になりますが、血液の癌は治りますから

一緒に頑張っていきましょうね」と言ってくれました

午後から骨髄を採取して 夕方に 詳しい治療方針や

薬についての説明をしますとの事で

両親には一旦帰宅してもらいました

荷物の整理などして昼食…

と言いたいところですが 先生に もうしばらくは絶食にしましょう

と言われて 何も食べられず(泣

胃が痛くたって お腹は減るのだー!

またもや 水とお茶の生活です しかも飲む量まで制限されました(汗

相変わらず熱は上がるので 解熱剤をもらって飲みました

ここの病室も4人部屋

感染予防の為なのか 満室ですが みなさんカーテンはしっかりと閉じていて

挨拶のタイミングが難しかった

ひとりはおばあちゃんで 発病して初めての入院らしく私より数日先輩な様子

他のお二人は 既に何度目かの入院なのか 帽子をかぶっていて

脱毛しているようでした

昼過ぎに先生が来て 今から骨髄液を採取しますねと言われました

移動するのかと思いきや そのままベッドでうつ伏せになり

腰に麻酔の注射を打たれて 何やらグリグリされました

うまくいかない様子で(脂肪が厚いから!?

何度目かで採取できたようです

麻酔の為 にぶい痛みがありました

ぶあついガーゼで止血 徐々に麻酔が切れてきて 痛みが増しました

その後 カテーテルの挿入

鎖骨の下側にある静脈に管を刺して皮膚に縫いとめて固定

消毒して、大きな保護用テープで覆います

その管から点滴や輸血などを行います

いちいち腕からルートをとる必要がありません

前のK病院では ルートがとれなくて 

何人もの看護婦さんにバトンタッチしていったので すごいなと思いました

しかーし カテーテルの挿入は 毎回入院ごとに行うのですが

(麻酔をして 先生が静脈に向かってカテーテルを入れます)

毎回気分が悪くなってしまい いつも看護婦さんやワーカーさんに検査室まで

車いすでお迎えに来てもらってました(汗

レントゲンや心電図を済ませて ベッドに戻ると

薬剤師さんが来て 薬の説明がありました

17時頃両親がまた来てくれて 先生からのお話しを聞きました

病名は 悪性リンパ腫 非ホジキンリンパ腫 びまん性大細胞型B細胞リンパ腫

月単位で病気が速く進むタイプで 日本人に一番多いタイプと言われました

父は なぜ病気になったのか もっと早くに受診していたら違ったのかと先生に聞きましたが

原因は不明で分からないこと 月単位で進むタイプなので、発症して1か月程度でしょう

その前だったら病気は見つからなかったでしょうと言われました

「治療の方針としては 抗がん剤を3クール行い、その後もう少し強い抗がん剤を3クール

癌細胞がなくなったところで移植を行おうと思います

移植は自家移植といって 患者さん自身から採った血液細胞を一旦凍らせて保存し

抗がん剤治療後に 大量の抗がん剤で見えない分の癌細胞を叩いてから保存した血液細胞を

点滴で移植します

抗がん剤の副作用については 感染症や貧血、輸血の必要や嘔吐、脱毛、しびれ、

便秘、下痢などがあります

また、合併症や不妊など様々な副作用があります」

などなど…

再発の事や、5年後10年後の生存率など暗くなる話もありましたが

先生にお任せしますとお願いしました

骨髄を採ったところが 痛くて、夜中に鎮痛剤をもらって寝ました

明日からは いよいよ治療です

抗がん剤ではなく まずはステロイドが投与されます しばらくの間連日投与です

ステロイドで 毎日出ている熱が下がるはずですと先生が言ってくれたので

嬉しいのですが ステロイドで血糖値が上がるらしく

食事もとれないのに 毎食事前の時間に 血糖値を測定し

基準値以上だと インスリンの注射が待っているようです

(一度も注射にはお世話にならずに済みました♪)


***********************************************************

私は脂肪が厚いせいか(汗

血管が出にくくて 肘の内側の血管も 奥の方にあると言われました

K病院では 腕に点滴をしていたのですが

だんだん刺す場所がなくなって

最後には手の甲に(-_-;)

トイレに行って戻ったら 針先が曲がってしまい また差しなおされました

血液の病気ですから

多い時は週に2回ほど採血があります

熱が上がって38℃を超えると

抗生物質を投与するのですが

血液を培養する為に たくさんの血液が採られます

血管がきれいに出る人がうらやましいです(>_<)

拍手

PR
総合病院からK病院へ救急車で搬送されました

救急車の中では 意識もしっかりしていて

これから一体どうなっちゃうの?と不安でした

救急処置室に運ばれて

「お腹を押した時と 手を離した時とどちらが痛みがありますか?」

これを何度も 研修医の先生でしょうか?

何人も聞かれました(^_^;)

ずっと横になっていたので いい加減腰が痛くなってきて

車椅子に移動しました

血液検査やレントゲンやCTを撮って

あっちに こっちにと移動されて

お尻の触診までされました

一通りの検査が終わって 再度処置室へ

明らかに研修医ではないベテランな感じの先生が

色々と説明してくれましたが(担当のO先生)

今から入院してください

明日から検査します 胃カメラと大腸カメラをする予定です

胃と小腸に腫瘍らしきものがあるので 精密検査をします

などなど

今日は帰れるもんだと思っていたので

検査入院とか言われて 驚きのあまり あまり先生の話は耳に入っていませんでした

それから病室に移動

部屋は4人部屋 まだ新しいので 清潔感があって

8階の窓際だったので 眺めも最高

初めての入院生活がスタートしました

ここは 携帯NGで メールや通話は数か所ある決まった場所からでないとダメでした

胃や小腸からの出血があって 貧血気味な為 トイレと洗面以外は安静

食事は絶食 飲み物は 水かお茶のみ

食いしん坊の 私に試練を与えてくれましたよ…

入院の翌日には 胃カメラをしました

胃カメラも初めてでした すごく緊張!

担当のO先生は かっこよくてクールな感じで

淡々と検査を進めていきます

やっと終わって 撮影した画像を見せてくれました

「ここに腫瘍がありますね

腫瘍部分を採取したので 生検に出して調べていきます

最悪癌かな」

って おいー!簡単に言ってくれますね

私も「はぁ そうですか」って感じでした

入院中は 夜になると必ず熱が高くなって 解熱剤を飲んで

しばらくすると 大量の汗と共に熱が引く というサイクルでした

日中も体がだるくて ほぼ寝たきり状態でした

6/28検査入院 6/29胃カメラ 日にちは忘れましたがPET-CT 7/5大腸カメラ

PET-CTも勿論初めてでした

放射性物質を注射して全身画像を撮るというものでした

注射をして1時間ほど ほの暗い仕切られた部屋で与えられた水分を少しづつ摂りながら

安静にしてひたすら待つ そしてトイレに通う 

リラックスしてくださいって そんなのできません~緊張しっぱなし

体や目を動かすのも検査結果に影響するらしくて 何にもできず ひたすら時間が過ぎるのを待ちます

やっと名前を呼ばれて CTのような装置に横になって

じっと動かないように もうすごく時間が長くて 膝がガクガク

撮り直しになってしまいました(泣

大腸カメラも初めてでした

本来なら2リットルの下剤を ゆっくりと飲むらしいのですが

私は まだ出血がある可能性があるので(絶食中という事もあって)下剤は免除

しかーし 浣腸はしっかり行われました

初めてだったので どうしてよいやら分からなくて

お腹の痛みは治まらないし 結局検査室までストレッチャーで運ばれました(汗

こちらも担当のO先生がやってくれました 胃カメラよりはマシだったかな

腫瘍の場所が小腸だったので もしかしたら届かないかもと言われてましたが

なんとか届いたようで 胃と同じく 腫瘍部分を採取して生検に出すとの事でした

その日は 両親に病院に来るようにと言われていたので

病室に戻ると 両親が待っていました

夕方頃に先生から 話があるという事で

呼ばれるまですごく時間が長かったです


そしてやっと担当医のO先生のお話し

まずは検査の結果画像など 色々と見せていただきました

そして結論としては 胃と小腸の潰瘍は 癌ではない事

癌でない以上 外科的手術を行わない事

ここまで聞いて 両親は喜んでいました

ただ、血液の病気である可能性が高い事

そして今日外来で 血液内科の先生が来ているので

この後受診してください

ここの病院には 血液内科がない為 転院になると思います

と言われました

病名は多分 悪性リンパ腫かと思われます

とのことでした

夕方過ぎていたので 案内してもらった外来は

すでに人もいなくて ガラーンとしていました

両親は手術しなくて良かったね

癌じゃなくて良かったねと 喜んでいました

でも…

私は 悪性リンパ腫って 血液のがんじゃなかった?と不安でいっぱい

病気の事もよくわからなくて どうなっちゃうの?

転院って いったいどこに行くのだろう

いつになったら家に帰れるの? と頭の中でグルグル考えていました

長い待ち時間が過ぎて やっと診察室に呼ばれました

結構若い先生 大丈夫かな?

先生は検査した画像などを 私たちに見せながら

「やはり 悪性リンパ腫です

血液のがんです」 と宣告されました

「ここの病院には血液内科がありませんので

すぐに転院して 治療を始める必要があります

今日は木曜ですが できれば明日にでも転院して治療を始めるべきです

治療は抗がん剤を用いたものになります」

と言われました

両親は驚いていて がんですか!?と言っていました

私は やっぱりねと思いました

「どこかご希望の病院は ありますか? これから連絡を取って転院が可能か

すぐに確認しますので。ただ、系列の病院以外ですとご紹介できない場合もあります」

どこの病院なら転院できるのですか?と聞くと、いくつかの病院の名前が挙がりました

今まで掛かったことはありませんでしたが 比較的大きな病院を選びました

自宅からも30分程だったので 両親も同じ病院の名前を言いました

「今から A病院に連絡をしますので 外でお待ちください」

と言われて 待合の椅子でしばらく待ちました

私もですが、両親も落ち込んでしまって

ぼそぼそと 癌なんだね 大丈夫かなって不安な気持ちだったと思います

少しすると 看護婦さんに呼ばれて 再び診察室へ

「今連絡したところ 受け入れしてくれるとの事でしたので

明日の朝転院してください。11時までに入院受付をしてください」

と言われました

病棟の看護婦さんが 車いすの私を迎えに来てくれるので

両親には 先に家に帰ってもらいました

待合で待っている間 いろんな事が頭の中をグルグルとまわりました
 
なんでなったんだろうとか

これからどうなるんだろうとか 最悪死んじゃうの?とか…

でも不思議と涙は出なくて(もともと人前で泣いたりできない性分なんです)

自分の行いが悪かったからかなとか

なんで私が!?っていうよりは 自分を責める考え方をしたかな

病室に戻ると 担当の看護婦さんが来て

「大丈夫?明日転院決まったの?」

と言われました

何も言えず うなずくと

「大丈夫だよ 今までは何の病気か分からなくて 闘いようもなかったけど

これからは病気も分かって しっかり闘っていく事ができるんだから

落ち込まないで 前を向いて行こう」

って言われました

この時ばかりは 涙があふれそうでしたが なんとか食いしばりました

(泣いた方が気持ちが楽になったのかな? いつまでも涙が止まらなくなりそうで我慢しました)

そして翌朝は K病院での最初で最後の病院食を口にしました

先生が 血便も出なくなったし 出血は止まっているようだから

重湯の朝食を出しますねと言ってくれました

重湯と味噌汁(具なし)と牛乳と謎のドリンクが出ました

暖かい飲み物なんて久しぶりで 味はともかく嬉しかった♪

ほんの少しでも自宅に戻って 病気の事を調べたり

荷物の準備をしたかったのですが

時間がないからと言われて そのままA病院へ向かいました2012.7/6


*************************************************************************

ちょっと汚い話ですが…

絶食していたのに 少しですが便は出ました

そして、毎回便が出ると 看護婦さんを呼んで 色など確認されました(泣

食事は摂らなくても 老廃物などが便で出るそうです

便が出ないと 腸が機能しなくなったりして腸閉塞を起こす危険もあるそうです


ついでにもう一つ汚い話(汗

大腸検査の時に 浣腸されたのですが

トイレを出るタイミングが分からず

検査室に早くいかなくてはいけないのに

どうしたもんか分からず(汗

待っている看護婦さんに

止まらないけど どうすればいいんですかぁ~(泣

とトイレから叫んでしまいましたw

そして検査中も お腹がゴロゴロいっていて

先生に 途中で出そうになったらどうすればいいんですかぁ~(泣

と言ったら 恥ずかしくないから 出そうだったら我慢しなくていいんだよーと言われました

胃カメラでは 口が塞がれている為 何も言えませんでしたが

大腸カメラは 口がフリーだから 痛いーとかうぅ~とか

ウルサイウルサイ

先生もうるさかったのか 終盤では

はーい もう痛くなることは何も ありませんからねー

もうカメラ抜いてますよー

もう終わりますよー

と言ってくれました(汗



拍手

単なる疲れや、風邪だと思っていました

2012.6月 胃痛が始まる

元々胃腸は丈夫な方で どんだけ熱が出ても、体調悪くても

食欲だけは しっかりある人でした(食い意地がはっているとも言う)

胃が痛いなんて、今までの経験からも ほとんどありませんでした

空腹時になると 胃が痛くなったりして いつもとは違う感じでした

ただ、妹が ちょうど胃腸風邪をひいていたので

それがうつったのだと 思いました

6月中旬頃に 夜遅い時間に ご飯を食べたら

翌朝から激しい胃痛

それからは食欲もなくなって

うどんだけとか ゼリーだけとかバナナだけとか

まともに食事を摂れなくなりました

それでも病院にはかからず その内良くなるもんだと思い込んでいました

程なく熱が出るようになりました めまいもするようになりました

37~38℃台の熱が下がらず(平熱は35.6℃です)

やっと近くの医院へ…

しかし胃腸風邪だと思い込んでいたので

先生にもそう言って 風邪薬と胃薬を出してもらいました←バカ

薬を飲んでも 胃痛は一向に良くならず

夜は寝汗がひどくて 何度も目が覚めました 胃が痛くて眠れない事も

ついには血便らしきものが!?

初めての血便に狼狽えてしまい

これは、かなりまずい状況かもと焦りました

胃潰瘍とかなんじゃないか?

実際はもっとまずい状況だった訳ですが そこまで考えつくはずもありません

その日は いつも掛かっている医院が 定休日だったので

別の総合病院へ連れて行ってもらいました

食べるとお腹が張ること 熱があること 血便が出たことなどなど

先生に話して 血液・尿・レントゲンを撮ることになりました

最後のレントゲンが終わって 待合室で待っていると

なんだか気分が悪くなって 周りの音がだんだんと遠のいていく感じがしました

冷や汗が 額や顏や 体中から流れるのを感じて

目の前が 白っぽくなっていく…

座っていられなくなって 背もたれに倒れ掛かるようになり

意識が遠のきそうになりました

そこに呼びに来てれた看護婦さんが 私の姿を見るなり

「ストレッチャー!!!」と叫んでました

大丈夫ですか?横になって 楽にしてね

いつの間にか処置室のベットで

知らない内に点滴が刺さってました

周りで何人もの看護婦さんが バタバタとしていました

血圧計で測定できない状態らしく ショック状態だと言ってました

先程診てくれた 先生が来て

「検査結果見たけれど 胃潰瘍か何かだと思う

薬を出して様子を見るつもりだったけれど

大きな病院で きちんと検査した方が良いから

K病院に行ってください

今救急車を手配したから このまま行ってくださいね」

と言われ なんと病院から救急車で搬送されてしまったのでした


********************************************************

今思えば なんでもっと早くにきちんと病院へ行かなかったのかと

状態を考えたら 普通じゃないと思うのですが

今まで大した病気もしたことがなかったので

変に自信があるというか ほっといたって治るでしょ くらいに思っていました

この後検査入院をしてがん宣告を受ける羽目になるというのに…

拍手

昨年の6月から 体調を崩しました

救急車で運ばれて、検査入院

そして、がん宣告 転院 入院 一時退院 通院治療 何度かの再入院 何度かの一時退院

自家移植 一時が付かない本退院 

今思えば、あっという間の半年でした

病気の事は 訳が分からず ネットで調べては 元気づけられたり、落ち込んだり…

このブログは リアル知人、友人、お買いものしていただいたお客様などなど 

私の事を知っている方も見てくださっていますので

病気が、がんという事 病気の詳細などなど 書き込んでいいものかと 悩みましたが

私自身、色々な方のブログを拝見して 抗がん剤の副作用や 移植の辛さ 

入院での出来事や 退院の喜び たくさん勉強になり、参考になりました

病気の事や 自分の体験が ほんの少しでも人の役に立つといいなと思って

新しくカテゴリを増やしました

自分自身の為にも 忘れてしまわない内に 記録として残していこうと思います


病名が がんという事で、本当にごく一部の方にしかお知らせしませんでした

友人から、お茶やランチのお誘いを受けても 入院中だったり

抗がん剤の影響で免疫力が下がって外出できなかったり

脱毛のせいで出かける気になれなかったり…

と、結果嘘をついて 何度も断ったりしました

本当に ごめんね

そして、参加させてもらっているラズベリーで

お客様やスタッフメンバーさん、出店仲間さん達に ご心配をお掛けしました

移植まで今のところ 無事に終わりましたが、この病気は一生再発の不安があります

考えると怖いですが、せっかく永らえた命です

悔いのない日々を過ごしていこうと思います

体調が戻れば ラズベリーに復帰しますので もうしばらくお待ちください






3回目の入院で 同室になったHさん。

とっても優しくて いつも気にかけて話しかけてくれました

入院は、全部で6回しましたが その中でも 

同室になったHさんやOさんのおかげで、一番明るく楽しい入院期間でした

最後の移植の為の入院期間も 偶然個室がお隣で、メールでお互いに 励ましあいました

私が退院する頃 連絡がつかなくなって

退院しましたとメールすると ご主人から「亡くなりました」との返事が・・・
 
すごくショックでした

一緒に元気に退院しようねって言っていたのに・・・
 
ご冥福をお祈りします

Hさんの分も生きていきます

ほんとうに ありがとう

もう、痛みも苦しみもないと思います

天国で、あの笑顔で笑っているのかな

拍手

本日 退院いたしました

まるっと一か月の入院生活でした

またいずれ詳しく ご報告できればと 思います

いつもだったら とっくに寝ている時間なので もう眠くて眠くて…

今日は 久しぶりの自宅で ゆっくり眠りたいと 思います

おやすみなさい

拍手

カレンダー

07 2026/08 09
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

プロフィール

HN:
lapis
性別:
女性
趣味:
ハンドメイド
自己紹介:
ビーズなどを使ったアクセサリー作りや編み物、布もの、ミニチュアまで手を出してしまいました…
製作状況や、自分の為のメモだったり。
2012年夏に悪性リンパ腫に。
病気の記録も残します。
お気軽にコメントどうぞ(*^_^*)

免疫力が低い為マスク姿にて接客させていただいております
ご了承くださいませ

※注意※

※当サイトの全ての文章・画像・デザイン等の複写・無断転載及び商用目的での使用を一切禁止します  

ブログ内検索

カウンター

バーコード

最新TB

コガネモチ

アクセス解析

忍者アナライズ

<< Back  | HOME Next >>
Copyright ©  -- LapisRing handmade --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Material by もずねこ / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]